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排除の祭典、オリンピック追い出し

 現在、都立・明治公園、 都営霞ヶ丘アパート で東京都により「オリンピック追い出し」が進められていますが、これまで各国でのオリンピック大会を始めとするメガイベントでも強行されてきました。その煌びやかな国家的催しの裏で 数々の排除が「クリアランス(美化、浄化)」の名の下に強行されました。その都度、世界大会に暗い影を落としてきました。

 成熟都市を謳うTOKYO。「オモテナシ」を掲げる東京大会。世界中の目が集まります。東京都が、いくら「オリンピックは関係ない」と強弁しようとも、新国立競技場建設を控えた中で、話し合いの求めを無視した強制排除を強行すれば、「オリンピック追い出し」の印象はぬぐえないでしょう。

 以下、世界中で行われたメガイベントでの排除、立ち退き、追い出しの事例を紹介します。

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”オリンピックは過去20年間で200万人以上と

驚異的な数の野宿者、貧困者、少数民族の 居住権を侵害している。”

COHRE(スイス・ジュネーブにある国際NGO・居住権と立ち退きに関するセンター)

●近年のオリンピック大会での排除・強制立ち退き・移転強要

  • 1988 年 ソウル冬季オリンピック 軍事独裁政権により 72 万人の強制立ち退き、48000 の建物が破壊。大会直前、野宿者と露天商は「美化」のため町から締出し。

  • 1992 年 バルセロナオリンピック 会場周辺でロマ住民の90%以上排除、住宅が高騰し低所得者が街を離れることを余儀なくされる

  • 1996年 アトランタオリンピック 2000 の公共住宅破壊、6000 人の住宅立ち退き、3 万人が地価高騰により移転を余儀なくされた。「街の美化」キャンペーンにより野宿違法化。開催までの 8 ヶ月間に 9000人の野宿者を逮捕、開催期間中はアトランタから 300km 離れた地へ追いやった。

  • 2000年 シドニーオリンピック オペラハウス近くで約70名の野宿者の排除。警察関係者に漠然とした理由での排除権限が与えられる。

  • 2004年 アテネオリンピック オリンピック用地収容法が作られ、これを口実にロマの集住地を破壊。(実際には五輪とは無関係。施設工事はなし。)

  • 2008年 北京オリンピック オリンピック関連の再開発によりに125 万人の立ち退き(政府発表で約1万5千人の立ち退き)

  • 2010年 バンクーバー冬季オリンピック 「オリンピック誘拐法」と揶揄されるシェルター収容法で会場周辺から野宿者など「望ましからざる者」を排除

  • 2012年 ロンドンオリンピック 野宿生活者に対する嫌がらせと排除、スタジアムでの立ち退き

  • 2014年 ソチ冬季オリンピック 約 2000 人の住民が立ち退き

  • 2016年リオデジャネイロ五輪。2万以上の世帯、6万7千人が14年ワールドカップと16年オリン​​ピックへの準備で家を失いました。武装警官により銃器、爆弾、火炎放射器も使われ多数の死傷者。

●近年の日本の巨大イベントでの行政による野宿者の排除

  • 2002年 サッカーW杯 大阪・長居公園

  • 2005年 愛知万博「愛・地球博」 名古屋・白川公園

  • 2006年 国際バラ会議 大阪・うつぼ公園

  • 2007年 世界陸上 大阪・長居公園

●日本のオリンピックでの排除

  • 1940年 東京オリンピック(未開催) 東京湾臨海部でのバラック撤去、在日朝鮮人の枝川集落への収容(約 1000 名)

  • 1964年 東京オリンピック 道路整備のため民家強制移転(約 5300 軒)、野宿者・精神障害者の収容、排除

  • 1998年 長野冬季オリンピック 「ホワイトスノー作戦」として在留外国人の排除

●世界での巨大イベントによる排除

  • 2010年南アフリカサッカーW杯 立ち退きに抵抗すると懲役5年の法律が2006年作られ 数千人のスラム街住人が退去を強制された

  • 2014年ブラジルサッカーW杯。サンパウロなどでファベーラと呼ばれる低所得者層が立ち退き、09年1月~13年12月の間に2万以上の家族、6万7千人が彼らの住居から移転させられた。武装警官により銃器、爆弾、火炎放射器も使われ多数の死傷者。

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[情報元]

○The Olympics and Social Cleansing(2012-04-12)

ジュネーブ強制立ち退き・住居人権監視団体(COHRE)の報告

  • 1988年ソウルオリンピック 軍事独裁政権により72万の強制立ち退き

  • 1992年バルセロナ五輪  2500の立ち退き。7年間に分譲39%、賃料45%の住宅価格上昇。公営住宅の空きが76%減少。会場周辺でロマ人口90%以上排除

  • 1996年アトランタオリンピック 9000人の野宿者逮捕、2000の公共住宅破壊、6000軒の住宅立ち退き、3万人が地価高騰により移転を余儀なくされた

  • 2008年北京オリンピック 125万人の立ち退き

  • 2010年バンクーバー冬季オリンピック 野宿を違法化

  • 2014年リオデジャネイロオリンピック 2010年時点で17万人が住宅喪失の危機に直面していると報告。6000人が強制立ち退き(3000名の軍事警察により)

○Mega events | COHRE - Center On Housing Rights and Evictions

上記、ジュネーブ強制立ち退き・住居人権監視団体(COHRE)のサイト

  • 1992年バルセロナオリンピックでも低所得者が街を離れる結果を招いた

  • 1996年アトランタ五輪 オリンピックを受け「街の美化」キャンペーンにより、9千人の(主に少数民族)野宿者に逮捕状が発行された。 また約3万の人が再開発や高級化によりアトランタから立ち退かされた

  • 2004年アテネ五輪。ロマ住民数百人はオリンピック関連の準備の名目で退去。

  • 2008年北京五輪。オリンピック関連の再開発によりに125万人以上が立ち退き。

○With Olympics Came New Laws to Sweep up Homeless | The Tyee

  • 1988年ソウル冬季オリンピック 72万人が住む48000の建物が破壊。大会直前、野宿者と露天商は「美化」のため町から締出し。

  • 1996年アトランタオリンピック 野宿違法化。1995~1996年に9000名以上の野宿者逮捕

  • 2000年シドニーオリンピック 警察関係者に漠然とした理由をもっての排除権限が与えられる。オペラハウス近くで約70名の野宿者の排除

  • 2004年アテネ五輪 オリンピック用地収容法が作られ これを口実にロマの集住地を破壊、排除。実際には五輪とは無関係。

  • 2010年南アフリカ サッカーW杯。立ち退きに抵抗すると懲役5年の法律が2006年作られ、数千人のスラム街住人が退去を強制された

○The Eye of a Needle: Olympic Homeless Coming to Brighton

  • 2012年ロンドンオリンピックによる野宿者への嫌がらせと排除の報告

  • 1996年アトランタオリンピック、2000年シドニーオリンピックでも野宿者排除の報告

○Sydney's homeless to be removed for Olympics - World Socialist Web Site

1996年アトランタオリンピック 開催までの8ヶ月間に9000人の野宿者を逮捕、開催期間中はアトランタから300km離れた地へ追いやった。

○Vancouver Winter Olympics: A Festival of Corporate Greed | Global Research - Centre for Research on Globalization

2010年バンクーバー冬季五輪 「オリンピック誘拐法」と揶揄されるせシェルター収容法で 会場周辺から野宿者や望ましからざる者を排除し放逐する権限を警察に許可

○Tense Week Introduces New Policy of “Lightning Evictions” Across Rio Favelas | RioOnWatch

ブラジル。2009年1月~2013年12月の間に2万世帯、6万7000人の人々が住居から退去させられた。この排除は増え続けている。

○Rio’s eviction predilection | Architectural Review

ブラジル 「19,000以上の家族が14年ワールドカップと16年オリン​​ピックへの準備で家を失いました」

○ブラジル撤去民の涙…「私たちにとってワールドカップは退去」|レイバーネット

最低45人が撤去の過程で死亡。貧民村に爆弾、火炎放射器で撤去。

○東京新聞 こちら特報部 2014年7月21日朝刊

  • 1988年ソウル五輪。貧困層が住む数多くの住宅が撤去 2008年北京五輪 政府発表で約1万5千人の立ち退き

  • 2012年ロンドン五輪、2014年ソチ五輪 再開発に伴う家賃高騰などで暮らせなくなった人がいた

  • 2010年上海万博。約1万8千世帯が移転させられた

  • 2014年 ブラジルW杯。サンパウロなどで低所得者層が立ち退き

※記事内、2枚目の写真は明治公園に2014年7月まであった小屋

○反五輪の会 NO OLYMPICS 2020 - オリンピック、やってる場合か!!

1998年長野冬季五輪、「ホワイト・スノー作戦」。外国人不法滞在者の追い出し作戦。

長野の五輪施設は、その人たちを使い捨ての安い労働力にして建設

○反五輪の会 NO OLYMPICS 2020 - 1940年東京オリンピックと朝鮮人の強制的な収容

1940年東京オリンピック(大戦で返上)。朝鮮人集落の江東区枝川への移転強要の考察

○日本廃棄物処理施設技術管理者協議会メールマガジン 第12回オリンピック東京大会

1940年と1964年の東京オリンピック前におきた美化活動運動のレポート。

1938年(幻の東京五輪前) オリンピックへの準備として…競技場予定地付近の不良住宅地区も目障りとのことで立ち退きがはかられました。そこには多くの在日朝鮮人が住んでいました。代替住宅として用意されたひとつが枝川地区

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[参考資料]

□外国人受入の詭弁: 外国人実習生支援

「オリンピックの建設工事に労働者不足対策として外国人技能実習制度の延長が議論されてきたが、さすがに国もこれは「不適正」と認めざるを得なくなった。」

□討議:「東京オリンピック計画二〇一六」のための序──四つの提言と討議 | 今井公太郎+今村創平+日埜直彦+吉村靖孝 ‹ Issue No.42 ‹ 『10+1』 DATABASE | テンプラスワン・データベース

(東京オリンピック招致推進の建築家の対談の中で引用されている文章)

町殺しが進行中であるにもかかわらず、反対運動はおろか、批判的言辞を口にしたとたんに、「保守主義者!」とどやしつけられかねなかった空気が私の〈不安〉になっていた。町殺し=東京オリンピックのため=反対するものは非国民──という図式が、すんなり信じられているのがやりきれなかった。立ち退きを拒む家は孤立し、狂人扱いされていた。

小林信彦『私説東京繁盛記』

(中央公論社、一九八四)七二頁

□Atlanta: clearing homeless in the name of economic revitalization further privatizes downtown in what is called “tourist triangle”

2006年なのでオリンピック以降の話だがアトランタの野宿者排除

□Shadow of Olympics Evictions Looms Over Tokyo · Global Voices

都営霞ヶ丘アパートの立ち退き強制に関する海外記事

2000名と書かれているように見えるが、誤認?


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